2018ミャンマー旅行記

2018 ミャンマー旅行記⑧ ~ヤンゴン日本人墓地・ヤンゴン周遊~

ヤンゴンは日本車だらけ

ヤンゴンで朝を迎える。宿を出て街を歩くが、どこもかしこも古い日本車ばかり。ミャンマーの道路は、車は右側通行なのに右ハンドル車がほとんど。

しかも、車体に書かれた日本語がそのまま塗り替えられることなく走っていたりする。

もちろん、ほとんどのミャンマー人は日本語は読めない。しかしあえて日本語をそのまま残すことで「間違いなく以前は日本で走っていた車」という証拠になるらしい。日本車の性能の高さが信用されているようである。

ミャンマー人ほど、古い日本車を大事に乗ってくれている人々はいないかもしれない。

 

↓ヤンゴン市内の映像

 

 

 

ミャンマー環状線でMangalardon駅まで

ヤンゴンのバスターミナル「アウンミンガラー・バスセンター」の近くに、かつての戦争で戦死した日本兵を弔う「日本人墓地」があるというので、宿から近い「ヤンゴン中央駅」から、バスターミナル最寄のMangalardon駅まで「ヤンゴン環状線」に乗ってみる。

「地球の歩き方」の地図を広げ、「Mangalardonまで行きたい」と伝えると、すんなりと切符が買えた。

 

↑実際に購入したヤンゴン環状線の切符

 

 

ヤンゴン環状線。環状線といえば、山手線や大阪環状線、名古屋地下鉄名城線を思い浮かべる方も多いと思う。ミャンマー最大の都市ヤンゴンの環状線となれば、本数も多くヤンゴンのメインの移動手段として確立されたものだろう。なんと、列車が2時間に1本もやってくる。

切符を買って列車を待つと、Mangalardon方面行きの列車がやってくる。

ん?高山行き?JR?

そうか、それではこの列車に乗れば、日本の飛騨高山まで行けるのか。ミャンマーから日本へ直通列車があったんだなぁ・・・。

なんてわけはなく、あくまでこの車両は、かつて日本の高山本線を走っていた車両というだけで、行先表示が「高山」となってはいても、ただ表示しているだけ。ヤンゴン環状線です。

この車両に乗車。ゆっくりと走り始める。

 

 

車内には揚げ物を売る人物も。

 

 

タクシードライバー、間違って連合国軍墓地へ

Mangalardonで下車。ここから歩いてバスセンター、そして日本人墓地へ行く予定だったが、あいにく雨が降ってくる。仕方がないのでタクシーを使うことに。

タクシーの運転手に「Japanese Cemetery(日本人墓地)」と伝えると、タクシーは発車する。

2~3キロほどしか離れていないはずなのに、なかなか到着しない。

 

到着。タクシーを降りる。たしかにCemetery(墓地)はあった。

しかし、そこにあったのは、連合国軍兵士の墓地であった。タクシードライバーが間違えたのだ。

かつてのビルマ戦線、日本軍と連合国軍が戦ったわけで、日本軍兵士も連合国軍兵士も多く亡くなられた。ヤンゴンに連合国軍兵士の墓地があってもおかしくはない。

墓地は広く、広い道路に面していた。

 

 

気を取り直して日本人墓地へ

連合国軍墓地の近くで食事を取り、こんどはバスに乗ってバスセンターまで行ってみる。ヤンゴンのバスの乗り方はスマホで調べた。

連合国軍墓地前のバス停からバスに乗る。料金は一律200チャット(約14円)。

 

バスセンター前で降りる。雨もあがったので「Google Map」を頼りに日本人墓地まで歩いてみる。

アウンミンガラーバスセンターの中を歩くが、日本にあるようなバスターミナルと違い、バスの乗り場がわかりづらい・・・。

 

 

ひっそりとした場所にたたずむ日本人墓地

 

バスセンターの隅の出口から、ひっそりとした地域を歩く。しばらく歩くと、日本人墓地はあった。

連合国軍兵士の墓地とは違い、人も少なくひっそりとした場所にあった。戦勝国と敗戦国の違い、ということなのだろうか・・・。

地元の方々が管理してくださっているようで、私が行った時も火のついた線香を渡してくださった。

 

 

日本人墓地の近くには火葬場が

日本人墓地はひっそりとした地域にあったが、そんな中でも多くの人の気配のする方向があった。興味があったのでそちらへ歩いてみた。

そこは、火葬場だった。葬儀も行われていた。たしかに、日本人墓地以外にも墓地の多い地域だったかもしれない。そのためにひっそりとしていたのだろうか。

 

 

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